琉球新報連載エッセイ 5/18

思春期の力




ゴールデンウイークに、夏の宮古島市ジュニアオーケストラ東京沖縄ツアーの強化練習を行った。子供達の真剣な眼差しに力を得て、私達も精一杯の気力と体力で応える、厳しくも充実した六日間だ。

最終日の練習終了後に、小学二年生から高校三年生まで全員に一人づつこの六日間の感想を話してもらった。上級生は、やり遂げた充足感からか、話しながら気持ちを抑えきれずに泣く子も多かった。曰く、学校の友達と違う緊張感のある友人関係が築けた。責任感を感じ、厳しいけど楽しかった。思春期まっただ中の彼らが、自分たちの内側に育ってきた真剣な気持ちに適うものを外側に求めていることがわかる。

私は、今の彼ら自身の心の状態をこう説明した。

「君達は、心の中に『暴れ馬』を飼っている。檻に閉じこめたままではつまらないけど、野放しにしたら傍迷惑だ。少しづつ乗りこなしていくのが大人になることだし、それが、人生の醍醐味でもある。」

ようやく馬を檻から上手く出しつつある子、ものすごくエネルギッシュな馬を飼っておりその扱い方を学びつつある子、など様々だ。オーケストラという場で得たその強い向上心をもって、それぞれのやり方で「暴れ馬」を乗りこなそうとするひたむきな姿が仲間の共感を生み、その心の集まりが響きあって音楽になり、そのエネルギーが聴衆に深い感動を与える。彼らの存在自体が芸術であると言うこともできるだろう。思春期にだけ創ることができる芸術だ。

実は作曲することも「暴れ馬」に正面から対峙することかもしれない。二〇世紀の作曲家マーラーには、まさに当てはまるだろう。そして、今上級生が取り組んでいる「交響曲第五番第四楽章」を作曲した頃、彼は結婚し長女に恵まれた。いわば、思春期を乗り越えた頃に創られた曲であることも象徴的に感じられる。

思春期は多様な価値観の中から心の足りない部分を創り上げていく時期であり、彼らは掛け値なしに真剣だ。学業でもスポーツでも音楽でも彼らの気持ちに応えられる環境を島で創り続けていくことが大切だと思われる。
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