2010年5月アーカイブ

琉球新報連載エッセイ 5/30

心の拠り所

宮古島市ジュニアオーケストラの夏のツアーの準備に東京に行った。三年前まで生まれてから四七年間住んでいた土地なのに、一週間居るだけで疲れるのには我ながら呆れてしまう。同時に、これから島を巣立ってここで暮らす子供達のことを考えた。彼らにとって未だ知らぬ価値観との出会いでもある。

演奏会の協力の為に集まってもらった宮古島出身の郷友会の皆さんに、そのことを聴いてみた。皆、移り住んだ当初は、効率や合理性を追求した東京の価値観にとまどった由。その中の一人が言った。「僕の心の中の九割は東京だけど、一割は宮古だ。その一割があるからがんばれる。」自分たちの心を大切しながら、東京をも受け入れる懐の深さがあったからこそ、今の彼らがあるのだろう。

一方、東京から宮古島に移り住んだ私達は、人間性や心を大切にするその生き方に、むしろ本来の居場所に帰って生活している実感がある。明治以降の急速な欧米化により失われていった日本人の心の拠り所が、沖縄にはしっかり残っていたのだと思われる。東京に移住した郷友会の皆さんも宮古島に移住した私達も、両方を受け入れて生きているのだ。

島の子供達も、彼の地でまずこの価値観の多様性を理解し、自分のアイデンティティーに自信を持って、選んだ道を進んでほしい。そして、私達の世代では別々のものだった二つの価値観が、彼らの力で止揚されて、新しい幸せな生き方が生み出されてゆくことと思われる。「東京での友人に『君を見ていると宮古島は素敵な所に違いない』と言われるようになってほしい。」と話している。

音楽は、まさにそのことを表現する為の道具なのだ。演奏会の時には、舞台に立つ者の間や舞台と客席の間に、無意識の心の絆が生まれる。あらゆる芸術の中で、「演奏」するその短い時間を皆が共有する「音楽」だけの醍醐味だ。

「新しい価値観」と「音楽の絆」。彼らこそ本来の意味でのグローバリゼーションの担い手かもしれない。宮古の子、頑張れ。今回の東京沖縄ツアーはその第一歩だ!


ryukyusimpo0530.jpg

琉球新報連載エッセイ 5/18

思春期の力




ゴールデンウイークに、夏の宮古島市ジュニアオーケストラ東京沖縄ツアーの強化練習を行った。子供達の真剣な眼差しに力を得て、私達も精一杯の気力と体力で応える、厳しくも充実した六日間だ。

最終日の練習終了後に、小学二年生から高校三年生まで全員に一人づつこの六日間の感想を話してもらった。上級生は、やり遂げた充足感からか、話しながら気持ちを抑えきれずに泣く子も多かった。曰く、学校の友達と違う緊張感のある友人関係が築けた。責任感を感じ、厳しいけど楽しかった。思春期まっただ中の彼らが、自分たちの内側に育ってきた真剣な気持ちに適うものを外側に求めていることがわかる。

私は、今の彼ら自身の心の状態をこう説明した。

「君達は、心の中に『暴れ馬』を飼っている。檻に閉じこめたままではつまらないけど、野放しにしたら傍迷惑だ。少しづつ乗りこなしていくのが大人になることだし、それが、人生の醍醐味でもある。」

ようやく馬を檻から上手く出しつつある子、ものすごくエネルギッシュな馬を飼っておりその扱い方を学びつつある子、など様々だ。オーケストラという場で得たその強い向上心をもって、それぞれのやり方で「暴れ馬」を乗りこなそうとするひたむきな姿が仲間の共感を生み、その心の集まりが響きあって音楽になり、そのエネルギーが聴衆に深い感動を与える。彼らの存在自体が芸術であると言うこともできるだろう。思春期にだけ創ることができる芸術だ。

実は作曲することも「暴れ馬」に正面から対峙することかもしれない。二〇世紀の作曲家マーラーには、まさに当てはまるだろう。そして、今上級生が取り組んでいる「交響曲第五番第四楽章」を作曲した頃、彼は結婚し長女に恵まれた。いわば、思春期を乗り越えた頃に創られた曲であることも象徴的に感じられる。

思春期は多様な価値観の中から心の足りない部分を創り上げていく時期であり、彼らは掛け値なしに真剣だ。学業でもスポーツでも音楽でも彼らの気持ちに応えられる環境を島で創り続けていくことが大切だと思われる。
IMG100518.jpg

琉球新報連載エッセイ 5/3

孤独の力


生徒達に良く話すことがある。「アマチュアオーケストラは、プロオケより聴衆の心に響く演奏する場合も多い。」

メンバーの技量はプロが遙かに勝ることは言うまでもない。しかし、アマチュアの方が練習回数が多いことはもちろんだが、永い付き合いになれば視線の動きだけでお互いのやりたいことがわかるようになるほど団員同士や団員と指揮者の絆も深く、より突っ込んだ表現をしやすい。その上、メンバーがその曲をコンサートで演奏するのは一生に1~2回だ。1回に掛ける情熱と集中力は遙かにアマチュアの方が大きいだろう。感動的な演奏ができるわけだ。

そういう演奏を目標とするなら、オーケストラ練習の前に周到な個人練習が必要だ。楽器は一人きりになって自分自身と真剣に向き合いながらさらうものだ。しっかり準備して合奏に臨む者同士には、信頼と友情が芽生える。孤独に耐えてこその本当の仲間なのだ。この孤独が本当の意味で人間を強くする。そして私達教師との厳しい師弟関係も同様の強い信頼があってこそ成り立つ。

 学業に関しても音楽と同じことがいえるだろう。地元の小中高校でコツコツ真面目に勉強し県内の国立大学に進学し自分の目指す事を成し遂げる道は、一つの幸せの形だと思う。本人が将来をしっかり見据えて、孤独に耐え自己の内面を鍛え目標に向かって努力すれば、誰にでも開かれている道だ。これは、以前このコラムで述べた東京の子供達に深刻な問題を引き起こしている、心を育てることを後回しにした受験勉強とはまったく異なる。永年、東京のど真ん中で親が非常に教育熱心な環境で育った子達を多く教えてきた私達だが、宮古島の子供達はその子達に勝るとも劣らない聡明さと集中力を持っていると思う。そして島には立派な高校があり、安心して子供達を高校まで親元で育てることができる。島で島の将来を担う人間を育てたいと思うのは、皆の気持ちだろう。

これからも優秀な島の跡継ぎが育っていくだろう。その為には、「孤独」が人を鍛えることを教えることが重要だと思われる。
IMG0503.jpg

2011年4月

          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30