琉球新報連載エッセイ 4/26

音楽の力




音楽が思春期の子供の心を救うことがあると思う。

 たとえば、ベートーベンの交響曲は子供達を力強く励ましてくれる。私の東京時代の生徒の中には厳しい中学受験に疲れ切ってしまい、折角合格した学校に通えなくなってしまうケースが何度かあった。しかし彼らはオーケストラには通い、一心不乱に演奏しているのだ。音楽に何かを求めているようにみえた。コンサートに向けて「英雄」の名で知られる第三番や、「のだめ」でおなじみの第七番を皆で練習していくうちに、今や語られる機会が減った真・善・美を真正面から語りかけるその貴い魂に触れて、生きる力を取り戻していくようである。音楽の持つ大きな力だ。

また、思春期特有の人生の悩みを持った高校生が、バッハの無伴奏バイオリンソナタに癒されることもよくあることだ。無伴奏であるこの曲が持つ自己完結性の高さやバッハ本来の精神的高さを感じてか、それまであっけらかんとしていた子供が内省的になり、今までになく部屋に籠って一生懸命練習する。存分に弾けるようになると何とも穏やかな顔だ。バッハの音楽には、聖書のように人の生き方を示す力があるのかもしれない。

私の思春期はモーツアルトが支えてくれた。彼の明るい曲に潜む儚い悲しさを文豪スタンダールは「疾走する悲しみ」と表現し、評論家小林秀雄は「モーツアルトのかなしさは疾走する。涙は追いつけない」と評した。私が音楽から受けた言葉にならない感動を簡潔な文章で表現された驚きは、今でも忘れられない。悠久の自然の営みの中では人間の悲しみなど小さなことに過ぎないことを教えられた。次にマーラーを知った。彼の音楽は善悪を超えて人間の全てを宇宙から地球を眺めるような客観性で包み込み、神の如き包容力で許す。音楽が私達に自分の生をはるかに超えた視点をもたらしてくれる。

宮古島の子供達は心根が素直なので気負うことなくベートーベンやマーラーがすっと入っていくようだ。芸術を信じることは人間を信じること。音楽がこれから大都会に旅立つ彼等の「お守り」になってくれることを心から願う。


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