琉球新報連載エッセイ2月11日付

「聴く心」を育てる


休暇の度に宮古島に通っていた頃、当時の市長から「宮古島にジュニアオーケストラを創りたい」との話があった。東京で小規模な合奏団から三千人の大オーケストラまで指導してきた経験を生かしてお役にたてるならと、お引き受けした。そしてそれが宮古島に移住するきっかけとなった。

まず、手始めに妻と共に宮古島市内保育園・幼稚園・小学校・中学校・高校・養護学校のべ二十五カ所で文化庁の芸術家派遣事業やボランティアでバイオリンの演奏をしたり、授業や課外活動として指導した

生まれたときに神様からもらった直感をまだ大切にしている子供達こそ、曲の好き嫌いがはっきりしているのだから、彼らに聴いてもらう時は目を見ながら演奏するようにしている。この曲は楽しかったかな、次はもっと明るい曲を弾こうかな、などと彼らの嗜好を探るのだ。生まれた風土によって好きな曲に違いがあるし、そのときの気分でも聴きたい曲は変わるだろう。それを感じて私達の弾いた曲が彼らの気持ちとぴったり合った瞬間は最高だ。演奏の合間には曲の背景などもわかりやすく説明して彼らの想像力をふくらます。こうして彼らの「聴く心」を育てる。

十数年前、世界的なチェロ奏者林峰男さんが私達の生徒のオーケストラの演奏会で協奏曲を弾くために直前の合宿に参加してくれたときのこと。練習後子供達のために一曲弾いてくれることになったのだが、彼はなんと二十世紀の作曲家コダーイの無伴奏ソナタを弾き出した。小学低学年のいたずら盛りをはじめ七十名の子供達がかぶりつきで体育座りをしている前である。初めて聴く難解な現代音楽なのに子供達は真剣で最後まで身じろぎ一つせず目を丸くして聴き入っていた。子供達は本当に正直な聴衆である。彼らの「聴く心」が育つどうかは演奏する側の問題なのだ。

「聴く心」とは言い換えれば子供達とのコミュニュケーションのことである。大人がしっかりと「聴いてもらう」内容を持っていて、子供の人格を尊重し、その心を「聴く」ことができれば、彼らの中に「聴く心」が芽生えるのだ。

 

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