2010年1月アーカイブ

琉球新報連載エッセイ1月28日付

 

「育つのを待つ」



日本弦楽指導者協会沖縄県支部長 天野 誠



東京で二十五年間指導してきたバイオリンスクールは、お茶の水の多くの大学に囲まれた一角にあった。遠路片道二時間半かけて通ってくる熱心な子供達がいる一方で、小学三年から勉強漬けで殆ど自由に遊ぶ時間もなく、その結果何に対しても積極的に取り組めない子供達もいた。私たちの仕事は、彼らに音楽の最高の愉しみである合奏に取り組んでもらい、生きる力を育む環境創りをするという社会的な役割も大きかった。

特に小学生は、好きなことに没頭し嗜好が育ち集中する喜びや達成感が育つ重要な時期であるので、むしろ大人以上に音楽に深く感動することができる。彼らに音楽を与えることは、その感動を通して強く生きる力を育むことだと、親達に徹底してお話した。最初は「気持ちいい」や「かっこいい」と感じるだけで良い。それがいずれはバッハ・ベートーヴェンなどの純粋で高貴な精神への深い感動にいたるのだ。この感動を一緒に合奏する友達や客席にいる親と分かち合うことこそが音楽なのである。小さな会場での発表会からサントリーホールや日本武道館に天皇皇后両陛下をお招きしたコンサートまで演奏する機会を数多く与えた。一生懸命演奏しようという気持ちが集中力を引き起こし、その充実感が生きる力を育んだのだ。

子供達が自由に遊ぶ歓声に包まれている宮古島のスクール。そして子供達の気持を自然に伸ばそうとする優しい親達。私達は演奏する機会を沢山創り意欲が育つのを待つ。そう、誰も生きる力を「育てる」ことはできないということを忘れてはならない。私達にできることは環境を創り「育つ」のを待つことだけ。

ヨーロッパで演奏会をすると、終演後街で「素晴らしかったよ」などと話かけてくれることが多い。宮古島でも「子供達のためにありがとう」と知らない方が声をかけてくれる。街の人々が子供達の成長を楽しみに、私達ジュニアオケを育んでくれているのだ。

宮古島には強く生きる力を育む環境が整っている。私達大人のほんの少しのサポートで、子供達は輝かしい未来に向けて歩んでいくだろう。

 

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琉球新報連載エッセイ 1月14日付

「沖縄時間」の時代

日本弦楽指導者協会沖縄県支部長  天野 誠


 東京で生まれ育ち二五年間バイオリンの演奏・指導を生業とした後、
美しい宮古島に移住し妻と共に子供たちに教え始めて三年、
この連載を始めるにあたってこの間の驚きと感動を記そう。

 バイオリンは綺麗な音が出るまでがまず大変である。
宮古の子達も最初こそ「自分にも本当にできるかな?」の顔。
ところが、一旦「楽しい!」「好き!」と思った途端、素晴らしい集中力を発揮するのだ。
もちろんレッスンは山あり谷ありで、子供達は泣くこともある。
私も厳しいかもしれないが、どちらかというと自分自身のことが悔しい様子である。
そしてまったくへこたれない。
私達大人を心底信頼し、とことん慕い、ついてきてくれる。
その美しい心とそこから生まれる高い能力によって、
僅か三年で音大の入試曲であるロマン派の協奏曲を弾きこなす子が四人も育ち、
また、昨年夏宮古と那覇でのコンサートで、チャイコフスキー作曲の弦楽合奏の難曲を
高い水準で演奏することができ、その感動を聴衆と共に分かち合うことができきた。
東京では有り得なかったことだ。

 当初はいずれ東京など大都会に旅立っていく
中高生に強い気持ちを育てるべく、

「それじゃあ『東京』ではやっていけないぞ。」

と厳しく指導することもあった。
しかし子供達の心の深い優しさに触れていくうちに言葉を付け加えるようになった。
「君の中にある『沖縄』的な素晴らしさ、こころねと
そこから生まれるその音色をこれからも大切にしなさい。
『東京』に行ってそれを皆に誇りなさい。」子供達が私達を成長させてくれたのだ。

 詩人・哲学者の山尾三省は、九九年の琉球大学での集中講義で、
この感動を端的に述べてくれている。
曰く、西欧技術文明に代表される一時も立ち止まらない
「進歩する文明の時間」(=東京の時間)と、
大自然の時の流れのように人の心を大切にする
「循環(回帰)する時間」(=沖縄の時間)という二つの時間の相があり、
これらの調和が、この国の次世代のもっとも重要なテーマになるだろうと。

子供達を「沖縄」で育てて、その素晴らしさを「東京」に輸出する時代が来たのだ。


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